品川近視クリニックの評判「レーシック失敗が不安なあなたに!」

【レーシック体験談8】陣痛以上に痛いものなどないと思いました

 

 

2012年8月に大阪の品川近視クリニックでレーシックした方から体験談をいただきました。出産したことをきっかけにレーシックする決意をされたそうで、「陣痛以上に痛いものなどない!」という思いが自信につながったんだそうです。



 

わたしがレーシックに興味を持ちだしたのは友人からの勧めからでした。わたしはとても視力が悪く、小学校2年生のときから授業中はメガネをしていて小学校4年では常にメガネをかけていました。クラブ活動や体育の時間もメガネが邪魔でしたしメガネの型で日焼けもしました。

 

中学生に入った頃からはファッションに興味を持ちましたがメガネのせいで可愛く着こなすことはできず、可愛い他の女の子をみてとても羨ましく思っていました。学校でやる視力検査も大嫌いでした。裸眼でも見える子にすると、なんでそれくらい見えないのって思われているんだろなと悩んだこともあります。中学時代はソフトボール部に所属しましたが、ヘルメットを被るにもとてもメガネが邪魔でしたし、メガネの日焼けはとても恥ずかしかったです。

 

 

メガネのストレスが強いため、母の勧めで中学3年生の夏にソフトコンタクトレンズにしました。周りにはイメージが変わったと言われとても喜んでいましたが装着時間は8時間までだったり、専用の液で洗ったりと面倒でした。落として探すのも一苦労でした。受験勉強でソフトコンタクトレンズを付けたままウトウト寝てしまうこともあり眼球にコンタクトレンズがくっついてしまい、大変な思いもしました。

 

ソフトコンタクトレンズを高校2年生のときまで付けていましたが、1年に一回のコンタクトの定期検診で「このままソフトコンタクトレンズを続けると目が見えなくなります」と言われました。ソフトコンタクトであれば眼球よりレンズが大きく、装着している眼球の周りにある血管がレンズのせいで呼吸ができなくなってしまいその血管が眼球を刺激して起こる症状だと素人には理解できない説明をされましたが、ソフトコンタクトレンズがよくないことはわかったのでそれからはハードコンタクトレンズに変更しました。

 

ハードコンタクトレンズは高校三年生の時から社会人になるまで使用していました。ソフトコンタクトレンズからハードコンタクトレンズへの変更は慣れるまでとても大変でした。ソフトコンタクトレンズはゴミが入っても痛くないがハードコンタクトレンズは涙が出るほどでした。その他にもハードコンタクトレンズの方が高いために気をつけて使わなければならないことや、外れやすい点などは同じコンタクトレンズでも全く扱い方は異なりました。

 

 

ハードコンタクトレンズの使用は高校三年生から社会人になってまで。お友達や彼氏とのお泊りの時もコンタクトレンズの手入れや、度が強い分厚いメガネをかけて目が小さくなる姿を見られるのはやはり恥ずかしかったです。

 

そのときにレーシックを受けたという友人に出会いました。レーシックの言葉をよく聞く時期だったので、興味はありましたが友人の話だけでは怖がりのわたしはまだ一歩踏み出すことはできませんでした。

 

しばらくしてブームのためかわたしの実の姉がレーシックを受けたいと言い出しました。姉はわたし以上に怖がりですが、同じくレーシックをうけた知人から話を聞いたことがきっかけで決断に至ったとのこと。わたしはレーシックに興味があったので姉を観察することにしました。

 

レーシックの手術を受けて帰ってきた姉は母に支えらながらサングラスをし、目が開くか開かないかという痛々しい状態でした。目が痛いからそのまま寝ると言って部屋に入っていった姉を心配していましたが、翌朝手術後とは全く違ったメガネをせずにまっすぐに歩き感動していた姉の姿がありました。

 

 

レーシックを受けてどうだったのかも話を聞きましたが、聞いていて悪い点もなくわたし以上に怖がりな姉ができたのだからわたしにもできるかもと少し自信がついたのですが、料金がかかることやまだちょっとレーシックに対しての不安があったためにレーシックを受けませんでした。

 

そんなわたしがレーシックを受けると決めたきっかけですが、それは出産した後のことです。赤ちゃんをお風呂に入れる際、メガネが曇り前が見えないので危ない思いをしました。赤ちゃんにとってはメガネが面白く見えたのかオモチャにされることもあり、壊されたこともあります。ハードコンタクトレンズをしている瞳をいきなり拳で叩かれたこともありました。車を運転中に目にゴミが入り、片目を閉じて運転したこともあります。

 

このような危ない思いを何度か経験しましたが、わたしの目はかなり視力が悪かったのでメガネを外しての生活は送ることができませんでした。そのような生活の中でレーシックを受けようと決めました。陣痛以上に痛いものなどない、わたしにも受けれると出産を機に自信を持つことができたのです。姉がレーシックを受けていたためわたしも絶対大丈夫と強く念じつつ、梅田にある品川近視クリニックへ行きました。

 

 

クリニックはとてもキレイで患者様もたくさん居ました。中には保護者同伴の10代男女の姿もありました。検査の内容ですが視力検査から始まり通路を進んでいくかのように、目医者で受けたことがあるようなものや初めて経験したことがないようなものなど数多く用意されていました。検査を全て受けて先生の診察。レーシックを受けるにあたっての話や質問はないか等親切に聞いてくれ、手術を受けるスケジュールを受付で決めました。

 

念のためですが、ずっと通い続けていた目医者にもレーシックの相談をすることにしました。すると「あなたの目はとても悪いし、コンタクトやメガネを買い続ることなどを思ったら価値があると思うよ」と安心できる言葉をいただきました。レーシックを受けるまではメガネの生活ですがこれが最後のメガネ生活だと思い、15年ほど毎日のように過ごしてきたメガネ生活とのお別れのカウントダウンを自分の中でしていました。

 

そして手術の日ですが、主人にも同伴してもらいました。スタッフの人に連れられ患者6名ほどで行動。そしていざ手術前には目薬をさされ部屋に案内されました。手術室では横になり、目を閉じないようにと金具を入れられました。これは少し痛かったです。そこへ機械でレーザーを瞳に当てられました。チクチクしましたが我慢できる程度で手術は終了。スタッフの方に案内され休憩室に入りました。その時は目を開けることができなかったため手術が成功したのか等気になりました。

 

全てを終え、帰る際ですがレーシックを受けたことがある方はこの時が一番辛かったと思います。外は曇りなのに眩しくて目が開けれず歩けないため主人に抱えてもらいながら自宅に戻りましたが、手術から時間が経つと痛みやチクチクが酷くなりその日はクリニックでもらった目のカバーをしてそのまま寝ることにしました。

 

 

翌朝ですが目にカバーが付いてたため驚きましたが、すぐにレーシックを受けたことを思い出しワクワクしながらカバーを外しました。すると天井がハッキリ見えて一瞬メガネをかけているのか疑うほどでした。姉や友人が言っていた世界が変わったという意味が理解できたようでした。

 

手術後もアフターサービスをしっかりされていて何度か健診で訪れました。ノーメイクで梅田を歩くのは若干恥ずかしかったですが数回の我慢だと思い決まりを守りました。品川近視クリニックであれば術後15年の保証も付いておりますからもし何かあっても安心です。

 

レーシックについて世間では何かと問題があったようですが、品川近視クリニックで手術を受けたわたしもわたしの周りでもそんなトラブルを聞いたことはありません。むしろ裸眼生活は快適で、40万とかなりお高い買い物ではありますが本当に受けてよかったと思っています。

 

痛みなどの我慢もたった1日だけです。免許の更新の際の視力検査ももう怖くありません。裸眼生活、毎日が楽しいです。子どもたちも遺伝でもし視力が悪くなってしまったら勧めようと思っています。



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